中高年の物忘れとてんかん
中高年の「てんかん」をご存知ですか?
その物忘れ、「てんかん」かもしれません。
50歳を過ぎててんかんを発症する方が増えています。高齢者人口の増加とともに、高齢者のてんかん患者数が近年増加傾向を示しています。
高齢者の発作は比較的軽微で全身けいれんなどの目立つ症状が少ないため見過ごされていることもあります。 意識がぼんやりして動きが止まったり、声をかけられても応答しないことが、てんかんの発作症状として出現する場合があります。 倒れることやけいれんがないため、てんかん発作と気づかれません。
50歳を過ぎて発症するとき、てんかん発作とともに問題となるのが物忘れです。
1時間前、自分が何をしていたのか全く記憶していないことがあります。行動や態度に異常がみられないため周りの人も気づきません。 これを一過性の健忘発作と言います。
買い物、食事、映画、何かの催しなどを楽しんだことをひと月経つと忘れてしまうことがあります。忘却が加速しているのです。また、数年前の大きな出来事を忘れてしまうこともあります。 家族で海外へ旅行し楽しんだことを、パスポートのスタンプや記念写真をみても全く思い出せません。 子供の結婚式に出たこと、親族の葬式に出席したことなどを忘れてしまうこともあります。 重要な過去の出来事の一部が記憶からすっぽり抜け落ちているわけです。
これは、以前経験した重要な記憶が発作によって消されてしまう現象です。 物忘れが、実はてんかんによって起こっている可能性もあるのです。
てんかんではこのような様々な記憶の問題が起こることがあります。 認知症などの他の病気と間違えられることもあるため、発作の有無など症状を詳しく聴取することや脳波検査(特に浅い睡眠状態の脳波)が重要となります。
治療によって発作が抑制されると、このような物忘れは進みません。
しかし消えてしまった記憶は元に戻りません。早期発見・早期治療が大事です。
楽しい思い出が消えてしまう前に。(文:副院長 関本正規)
「中高年発症側頭葉てんかんの記憶を含めた認知機能に関する治療開始前の評価」についての論文が2023年9月に海外専門雑誌に掲載されました。
研究結果が海外の臨床医や研究者に反響を呼び数多くのメールが届いています。
論文の要約を掲載いたします。
当院の患者様やご家族をはじめ病気を重要に捉え私たちの研究にご協力頂いた皆様に感謝申し上げます。
VOLUME 146 SEPTEMBER 2023
■Cognitive dysfunction in drug-naïve late-onset temporal lobe epilepsy
Masanori Sekimoto, Masaaki Kato, Reimi Muramatsu, Teiichi Onuma
Affiliations
Musashino Kokubunji Clinic, Tokyo, Japan.
Abstract
Objectives: To evaluate cognitive functions including memory in middle-aged and elderly patients with antiseizure drug-naïve late-onset temporal lobe epilepsy (TLE).
Methods: We performed assessments with the Wechsler Adult Intelligence Scale-III (WAIS-III) and Wechsler Memory Scale-Revised (WMS-R) in 26 antiseizure drug-naïve patients with late-onset TLE, in comparison to 30 healthy subjects. We investigated the relationships between these cognitive function scores and clinical characteristics, seizure frequency, and frequency of interictal epileptic discharges (IEDs).
Results: Patients with epilepsy had a significantly lower score than healthy controls in the verbal intelligence quotient (IQ), the performance IQ, and full-scale IQ in intelligence testing. Patients showed significantly decrease in the verbal memory scores, visual memory scores, general memory scores, and delayed recall scores compared with those in the control subjects. Delayed recall scores were significantly negatively correlated with recent seizure frequency and the total IEDs count per minute, but not with age of onset or duration of illness.
Significance: Patients with antiseizure drug-naïve late-onset TLE displayed cognitive deficits including the domains of memory by using standard clinical neuropsychological test. Patients with late-onset epilepsy need to be considered for cognitive dysfunction at the time of diagnosis of TLE because they may have their daily life and work affected not only by epileptic seizures but also by cognitive deficits. Appearance of seizures and EEG abnormalities may affect the memory function in patients with late-onset TLE.
Keywords: Cognitive function; Interictal epileptiform discharges; Late-onset; Memory; Neuropsychological assessment; Temporal lobe epilepsy.
■中高年発症側頭葉てんかんの治療前の認知機能低下
目的 抗てんかん薬による治療前の中高年発症側頭葉てんかん(TLE)を対象に、記憶を含む認知機能を評価する。
方法 抗てんかん薬服用前の中高年発症の側頭葉てんかん患者26名を対象に、Wechsler
Adult Intelligence Scale-III(WAIS-III)およびWechsler Memory
Scale-Revised(WMS-R)による評価を行った。これらの認知機能スコアと臨床的特徴、発作頻度、発作間欠期てんかん性放電(IED)頻度との関連を検討した。
結果 てんかん患者では、認知機能検査における言語性IQ、動作性IQ、全IQのスコアが健常対照群と比較して有意に低かった。また、記憶の検査において、言語性記憶、視覚性記憶、一般記憶、遅延再生の得点が対照群と比較して有意に低下していた。遅延再生得点は、最近の発作頻度および1分間あたりのIED総数と有意な負の相関がみられたが、発症年齢や罹病期間とは相関がみられなかった。
意義 抗てんかん薬による治療開始前の中高年発症側頭葉てんかん患者では、標準的な臨床神経心理学的検査により記憶領域を含む認知機能の低下が認められた。てんかん患者は、てんかん発作のみならず認知機能障害によって日常生活や仕事に影響を受ける可能性があるため、側頭葉てんかんの診断時には認知機能低下についても考慮する必要がある。中高年発症のてんかんでは、てんかん発作の出現や脳波異常が記憶機能に影響を及ぼす可能性がある。
展望 適切な抗てんかん薬の服用によって、てんかん発作を抑制し脳波異常を改善することで、記憶機能を含む認知機能の改善が期待される。病気の早期発見、早期治療が重要である。
◆下の記事は大沼名誉院長が取材を受けたものです。
「大人のてんかん 保健同人社 「暮しと健康」平成23年12月号」
高齢者のてんかんに関連する内容です。ご参考になさってください。