フェノバルビタールは最も古くから使われてきた抗てんかん薬である。その商品名はフェノバールといい、発見されたのが1912年であるから、これまでかれこれ100年近く使用されてきたといえる。その後に出たのがフェニトイン(市販名アレビアチン又はヒダントール)でそれは1936年であるから、ほぼ25年間はフェノバルビタールの独占市場であった。その後抗てんかん薬が多数市場に出てきているのでフェノバールの使用量は年々減ってきた。しかし現在もまだ使用されている薬剤である。この薬の副作用は色々あるが、もっともよく見られ、かつ厄介なのは発疹と眠気と行動障害である。
通常の使用量では副作用が出現することはほとんどなく、したがって決して怖い薬ではない。適切な量では安全で症例によって優れた効果がある。
この薬の副作用として皮膚に発疹が出ることがある。これはアレルギー反応であり、薬が少量でも出現するからすぐに分かる。もうひとつの副作用は眠気である。もともとこの薬は睡眠剤として用いられてきたので、量が多くなると誰でも眠気を催す。単なる軽い眠気だけでは特別に怖くはないが、怖い薬に変身するのは、特に小児・児童に見られる行動障害である。
フェノバールは時にプリミドン(マイソリン)と併用される。プリニドンは体内に入ると一部フェノバールに変るのでこれを用いると二重にフェノバールを使ったことになる。
私が医者に成りたてのころは、フェノバール0.1g、マイソリン0.1g、アレビアチン0.1gの混合がよく使われていた。その結果フェノバールの過剰投与になり患者は酔っ払ったような状態となることがよくあった。あたかも酒に酔ったような状態で、傍若無人で無遠慮、聞き分けなくなり、生活態度も乱れる。もちろんこういった精神状態は、てんかんそのものの精神症状である場合もあるので、それが一概にフェノバールの副作用とは言い切れない場合も多い。つまりフェノバールの過剰投与は上記の精神症状を呈するが、逆に上記の精神症状を呈したからといって、必ずしもフェノバールの副作用とは限らないのである。
問題はここにある。フェノバールの副作用の可能性が念頭になければさらに鎮静剤、精神安定剤などが投与され、薬が増えるだけで精神症状はさらに悪化をたどることになる。このような例で薬を整理して必要最小限まで減量したら、いままでの困った子供がすっかり良い子になったという例を多数経験した。
昔次のような症例を見たことがある。20代の若い女性で、脳性小児麻痺があったがそれでも比較的活発で自由に歩いていた。発作は主に右手に限局した痙攣であり、頻回であった。時に全身痙攣に波及し全般性の痙攣が起きた。ある日彼女はぼんやりした状態になり、反応が遅く終日寝たきりとなった。お尻に床ずれがおきた。発作の重積も考えられ、さらに抗てんかん薬が増量された。その結果、彼女は昏睡状態におちいった。
結局はフェノバールが過剰であったと正しく判断されるのには数週間がかかった。フェノバールを抜くことによって昔の活発な彼女に戻った。薬の副作用は往々にして知らないでいるうちに出現する。
「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一
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