迷走神経刺激療法(以後VNSと略する)は最近難治てんかんの治療に用いられるようになった。今年1月には認可が下り、保険診療も認められ正式にてんかん治療の仲間入りしたことになる。薬物でどうしてもとまらない小児難治てんかんに用いて比較的良い成績を得ているので紹介します。
私は数年前VNSの治験を頼まれたことがあるが、果たしてこれが本当に効果あるのか疑問を持ったので治験を断ったことを覚えている。
迷走神経とは脳から紐のように伸びて心臓や胃腸などの内臓に広く張り巡らされた末梢神経である。同じような末梢神経は脳から紐のようにも長く伸びて手足などの運動・感覚も支配している。もし迷走神経を刺激して発作抑制に効果があるなら、他の末梢神経刺激でも効果があるのではないかという疑問があった。また末梢神経を刺激して発作が止まるのは、単に体が驚きびっくりした結果、発作がどこかに吹っ飛んでしまっただけのことではないかという疑問もあった。
発作は通常緊張から解放された時、あるいは仕事が一段落してやれやれと思った時などに起こりやすい。発作が起こりそうな時には、「ウン」と力んで発作に引きずり込まれないように、考えを別方向に持って行くことで発作を止めうる人もいる。あるいは手足を抓るなどして注意をそらすことで発作を抑制できる人もいる。心理的な抑制効果である。VNSもこのような非特異手的な抑制作用によるものではないかと考えたが、それは私の間違いだったらしい。
私の患者さんで現在VNSを行って効果を得ている人がいる。27歳のレンノックス・ガストー症候群の女性である。知的障害を合併し、毎日数回以上強直発作を起こす。脳梁離断術も行ったが、発作は改善されなかった。
某病院脳外科でVNS手術をしたら、発作が半減し発作それ自体も弱くなった。刺激を発信するスイッチが腕についているので、発作が起こりそうな時には患者自身それを自分で操作することができるようにもなった。迷走神経は発作に対してかなり強力な抑制効果をもたらすらしい。
手術は比較的簡単である。首のところを切開し迷走神経を出して、そこに螺旋状に電極を巻きつけ、ちょっと離れた胸に刺激装置を入れる手法である。副作用として声がかすれることがある。またきわめてまれではあるが、刺激により不正脈が起こりVNS治療を断念した例もあった。
日本てんかん学会ガイドラインでは「VNSの適応判断ならびに刺激装置植込み術は、日本てんかん学会専門医ならびに日本脳神経外科学会専門医の資格を有するてんかん外科を専門に行っている医師」が行うとなっており、だれでもやれる手術ではない。
「成人期てんかんの特色」大沼 悌一
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