脳波はてんかんの診断に大いに役に立つが決して完ぺきではない。脳波は時としてウソをつくことがある。私の症例では、てんかん患者の25%は脳波に異常がなかった。またてんかんが疑われて来院したが、結局てんかんではなかったと診断された患者の67%に脳波異常があった。脳波に明瞭なてんかん波があるからといって、必ずしもてんかんとは言い切れないし、逆に脳波に異常がないからてんかんではないとも言えない。
それではてんかんでない人に脳波異常が見つかったら、この脳波異常は何を意味するのだろうという疑問が起こる。特にてんかん発作がないが、何らかの精神症状、例えば、うつ症状や不安性障害あるいは統合失調症の症状を呈する患者に、偶然脳波を検査したところ、異常が見つかった時どう考えるのだろうか。
この問題は一般の患者・家族にとっては、どうでもいいことだが、てんかんをあつかう医師にとっては重大な課題である。難しく考えるときりがないが、私は「その脳波異常は、臨床症状と合致しない限り全く不明でおそらく何の意味もない」と考える。
ところがある日、次のような症例に出くわした。
初診時20歳女性、高校1年の頃から「なんとも表現できない強い不快感、意欲低下、苦しくてどうしていいかわからないといって、真っ暗な部屋で布団を頭からかぶって終日寝ているか、あるいはあてもなく外に出て、ただ延々と一晩中歩きまわる」などの症状が出るようになった。統合失調症かあるいは不機嫌症を伴ううつ病という診断で、精神科治療を開始したが一向に良くならなかった。多量服薬で自殺を試みたこともあった。結局、精神科に5回入院した。そこで偶然脳波をとったところ、驚くべき所見が得られた。すなわち脳の前頭部にてんかん性の棘波が頻発していたのである。「てんかん関連の症状」ではではなかろうかということで色々な抗てんかん薬が試されたが無効であった。本症例は、これまでてんかん発作を1度も起こしたことがないので、てんかんとは言えない。しかし脳波上は、てんかん性異常波(多発性棘波)が1秒間に1回と頻回に出現しており、前頭葉に機能異常があるのではないかと推定された。抗てんかん薬も無効だった。高校中退、精神症状が改善しないので20歳時に当院を紹介された。
私は抗精神病薬(クロールプロマジン、レボメプロマジン)の大量処方を開始した。その結果、脳波上のてんかん性異状波(多棘波)は消失し、精神症状は完全に治まった。その後本症例を現在まで⒔年間、外来で治療しているが、精神症状の再発はない。脳波を追跡しながら慎重に抗精神病薬も減量して現在に至る。22歳で再度高校に入学し、24歳で卒業。就職して最近結婚した。本症例は前頭葉が異常に興奮している「前頭葉機能障害」と考え、抗てんかん薬は無効であったが、抗精神病薬が有効であった。てんかんでなくとも脳波検査は役に立った。
「成人期てんかんの特色」大沼 悌一
(この記事は波の会東京都支部のご許可を得て掲載しているものです。無断転載はお断りいたします。)