81.偽発作と間違われたてんかん(2009年12月号)

てんかん発作を正しく「てんかん」と診断するのは意外と難しい。特に一瞬意識が失われる発作、恐怖感・不安感が襲ってくる一瞬の発作、夢のような奇妙な体験が出現する短い発作などは、てんかん発作の症状のひとつとしてよく見られるが、これをてんかんとして正しく認識するのは、意外と難しいのである。よく他の病気と間違われる。前回まで、認知症と間違われたてんかん、パニック障害と間違われたてんかん、統合失調症と間違われたてんかんについて、最近経験した具症例を挙げて述べてきた。いずれも家族が「この診断はおかしい」と思って、セカンドオピニオンを求めて私を訪れて来た患者、あるいは主治医が治療している間に間違いに気づいて「ひょっとしたらてんかんかもしれない」と思い私に意見を求めて、送ってきた患者である。

てんかん発作の特徴は「発作症状は通常極めて短い」ということにある。20-30分以上続く発作は例外を除き、てんかんではない。

しかしまれにてんかんでも発作症状が長時間続く場合もある。発作重積状態といわれるものがそれで、特にけいれんなどはないが、意識障害・もうろう状態が極めて長く続くことがまれにある。今回はこれについて例を挙げて説明しよう。

患者は40歳代の女性である。大学卒で、翻訳の仕事をやっていた。この患者は数年前から、不快な気分になることを訴えていたが、それが高ずると、意識を失い、もうろう状態になる。このような状態が延々と数時間続く。この間、患者はまるで動物園の熊のごとくうなり声を発して、床を転々反側する。このような“発作”が月に1回の割りで出現した。

最初は「偽発作」と考えた。この診断を下したのは他ならぬ私自身である。発作の時間が非常に長いこと、脳波にさしたる異常がなかったこと、けいれんなどはっきりしたてんかん発作症状がなかったこと、などがその理由であった。偽発作(解離性障害)と考え、抗不安薬や精神安定剤などを使ったが無効であった。このケースが仮にてんかんであるとすれば、てんかん発作重積状態といえるが、このように最初からてんかん発作重積状態で発病するのはきわめてまれである。このことも誤診した理由のひとつだった。入院の上、発作時脳波を確認するのが確定診断の早道であったが、何せ月1回の発作を捕まえ、その時の脳波を記録するのは容易ではない。患者は仕事を持っており、入院は困難であった。

半年ぐらい抗不安薬などで治療したが発作は一向に改善しなかった。てんかん発作重積状態(意識減損・もうろう状態)の可能性も考え、側頭葉てんかんに準じてテグレトールを投与したところ発作は完全におさまり、ここ最近5年以上発作はない。

誤診は絶対に避けるべきだが、誤診した経験が無いという医者はいない。もし誤診したことが無いという医者がいたら、その人にはかからないほうがいい。なぜならそのような医者は「患者を診たことが無い医者である」と言った、昔の先生の言葉を思い出した。

「成人期てんかんの特色」大沼 悌一

(この記事は波の会東京都支部のご許可を得て掲載しているものです。無断転載はお断りいたします。)

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