前回は認知症と間違われたてんかんの話をした。てんかんにも意識が一瞬途絶える発作や突然記憶が消えてしまうだけで終わる発作があり、それが頻回に起こると認知症と間違われる場合がある。多くは抗てんかん薬にて発作が消失し、記憶力も回復する。
このような軽い発作の場合はそれがてんかん発作であるかどうか慎重に吟味しなければならない。てんかん発作の場合は、記憶・意識の欠落が発作的に来て、発作間歇時には正常であるので、症状を詳細にわたって聞くとそれがてんかん発作であるかどうか鑑別がつく。本人も発作に気づいており、ひょっとすると認知症かもしれないと思い、大いに悩む。
一方認知症の場合は、その症状が持続的である。見当識障害(今の日時・場所・人がわからなくなる)なども持続的に続いており、かつ事の重大性の認識が乏しいので、患者自身はあまり悩まない。
今回はパニック障害と間違われたてんかんの話をしよう。
先日次のような症例に出あった。20歳代後半の女性である。大学を卒業して社会人となってまもなく、急に「不安・恐怖感」を訴えるようになった。はじめての仕事に就いたので、ストレスが原因となってパニック障害を起こしていると考えられた。この「不安・恐怖感」は何の誘引もなく、突然襲ってきて通常数分で消えた。長くてもせいぜい5-10分程度であった。抗不安薬・抗うつ病薬などが多量に処方されたが、一向によくならない。
患者・家族が疑問に思い、当クリニックを訪れた。発作症状をよく聞くと、胃から何かこみ上げてくるようないやな感じと同時に不安・恐怖感が襲ってきて、周りの景色が不気味に感ずるというのである。それがくると患者はしゃがみこんでじっと辛抱し、ただ嵐が過ぎ去るのを待つのみだという。この間意識はまったく正常であった。発作は週1-2回の頻度におこり、仕事中にも起きるので、職場にも支障をきたすようになった。不思議なことには1度発作がくるとその後数日間は発作が起きないという。
これらの症状はすべて側頭葉てんかんの発作そのものである。脳波を記録したところ、安静覚醒時にはまったく異常がなかったが、いったん睡眠に入ると側頭部に特徴的な発作波が出現した。すべての抗不安薬・抗うつ薬を中止して、テグレトールに置き換えたところ、発作が完全に消失し元気な娘さんとなった。
通常てんかん発作の場合はその持続時間は短い。長くても分単位である。難治なてんかんでは、発作重延状態となり、長時間続くこともあるが、これはまれである。 一方パニック障害は一般に持続時間が長い。30分ないし1時間以上続くことが多い。持続時間が鑑別診断の重要な決め手となる。
上記の例はてんかんとは気づかなかった症例であるが、実際には別の病気をてんかんと誤診する場合のほうがはるかに多い。
「成人期てんかんの特色」大沼 悌一
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