30.「こだわり」 数珠の功徳 (2005年9月号)

前回はお風呂とトイレに長時間閉じこもる「こだわり」について考えた。自宅のお風呂とトイレを長時間占領するのだが、ショートステイ先の施設ではまったく問題がないのである。

同じような例が別の患者でもあった。中度知的障害の女性で、お風呂に入れるとき大騒ぎしてパニックになり、あたりかまわず走り回ったり、他人の顔を叩くなどの衝動行為がエスカレートするので、入浴介助が大変であった。風呂場までは来るのだが、脱衣、入浴になると大騒ぎして尿失禁するのである。どうも入浴がいやではないらしい、しかしみんなと一緒に風呂に入るのがいやなのかもしれないと思って、ある日別の階にある個人風呂に案内した。おとなしい別の利用者と一緒に二人で個人風呂に案内したところ、彼女のあとに続いて自ら進んで脱衣し入浴するのである。特定の場所で生じたこだわりは消し去ることは難しいが場所が変われば「こだわる」必要もなくなるらしい。

別の症例について述べる。自発言語はないが簡単な言葉や状況は理解できる比較的重度の知的障害がある男性の話である。従来はおとなしい子であったが、以前から異食があった。プラスチック、ごみ、庭の砂などを手で持ち遊んでは、それを口に入れ飲み込むのである。この異食という行為は時として危険で厄介である。瓶のキャップや砂など小さいものは通常は数日後に便と一緒に排泄されるが、プラスチックの玩具など大きなものは内視鏡で取り出す以外ない。時には内視鏡でも取り出せず、胃の手術が必要になったケースもある。私の患者で針を50本ほど飲み込んで、取れなくなったケースがあった。いつ飲んだかわからないので、3ヵ月毎にレントゲン写真で経過観察したが、数年間経っても針の数に変化はない。もちろん自然排泄もない。しかし今のところ生命に別状は無いので一応安心している。

さて先の異食の患者に話を戻そう。母親は彼が庭の砂いじりが好きだったことを見て、手に当たる感触を楽しんでいると考えた。そして試しに数珠を与えてみた。直径1センチほどの木の球が20個ほど糸で繋がっている数珠である。それを与えたところ、気に入ったらしく手のひらで繰り返し握って一日中それで遊ぶようになった。一つの数珠はかばんの中、もう一つの数珠は手に握って彼はハッピーである。握ると木の球が互いにこすれあい、心地よい音を奏でる。彼の異食もなくなった。

知的障害者の多くはある一つのものにこだわるという傾向があるようである。気に入ったシャツがありそれ決して離さない。ボロボロになって着れなくなっても離さない。東京タワーのおもちゃにこだわる、壊れてもそれを離さないなどは良く見られる光景である。先ほどの数珠の話もこの類なのだが、彼の好きな「こだわり」を新たに見つけてやることにより、異食という悪癖がなくなった。

このように「こだわり」も悪いことばかりではない。逆にこだわりを利用して良い方向に導くことも可能である。この数珠を発見した彼の母親に敬意を表したい。

「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一

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