夜眠って間もなく「寝ぼけ」で、泣いたり騒いだりすることがある。特に子供の寝ぼけはよくある現象で、大人には少ない。この「寝ぼけ」がてんかん発作とよく似ていて区別がつきにくい場合がある。「寝ぼけ」と「てんかん発作」は治療の仕方がまったく異なるので、正確に診断する必要がある。実は「寝ぼけ」はきわめてあいまいな表現で、医学用語ではない。寝ぼけに相当する医学用語は「睡眠時随伴症状」と名付けられている。
ここで睡眠についてちょっと説明しよう。人は眠りにつくと間もなく、浅い睡眠(軽睡眠)を経てやがて1-2時間もすると深い睡眠(深睡眠)にはいる。脳波をとると睡眠の深さによって脳波パターンが著しく変わるので、脳波で睡眠の深さがわかる。やがて深夜も過ぎると、「レム睡眠」といわれる現象が現れる。この時が夢を見る時期で、同時に体の緊張が消えて眼球運動が現れる。目が左右に素早く動くのが特徴で、これをレム睡眠という。レムとは「急速眼球運動」の略語である。この時期に本人を起こして、聞いてみれば何らかの夢を見ていたとの返事が戻ってくる。レムに入る前の睡眠はノンレム睡眠という。
ここで寝ぼけの話に戻る。子供の寝ぼけは、ノンレム期の「睡眠随伴症状」である。ぐっすり眠って1-2時間後、急に覚醒し歩き回る「睡眠時遊行症」や大声で激しい恐怖を示す「睡眠時驚愕症」がある。うつろな表情で視線を動かさず、他の人が話しかけてもあまり反応せず、覚醒させるのがかなり困難である。睡眠時驚愕症では恐怖の叫び声で始まり強い恐怖と瞳孔散大、頻脈、呼吸促進、発汗などもある。親が落ち着かせようとしてもかなり反応が悪い。意識が戻っても夢を見ていたという返事はない。子供に多いが、てんかん発作と間違われることもある。
レム睡眠時随伴症状は成人に多い。睡眠に入ってから後半の深夜に起こりやすい。何事かムニャムニャしゃべる程度の事もあるが、布団を叩いたり、天井を指さして、手を振り回すような動きもする。怒鳴り合って喧嘩をしている様に見えることもある。同伴者が驚いて起こして聞いてみると何か夢を見ていたという。刺激ですぐに完全に覚醒し、混乱や失見当識もない。
例を示そう。患者は受診時70歳の男。65歳時に睡眠中に軽いけいれんがあった。その後1年して、夜間入眠後まもなく大きな叫び声をあげ、体を硬直させる短時間のエピソードが月数回みられるようになった。時にはものを飲みこむような口の動きや両手を突き出してグルグル回すような動きもあった。
脳波検査では睡眠時に両側側頭部特に左優位にてんかん性発作波が出現した。側頭葉てんかんという診断で治療したところ入眠時早期に起こる発作は完全に収まった。しかし深夜、何事かしゃべったり、怒鳴ったりするエピソードは消えなかった。奥さんが起こして聞いてみると何らかの夢を見ていたという。つまりこの患者さんは、「てんかん」と「睡眠時随伴症状」の両者を持っており、抗てんかん薬で、てんかん発作は治まったが、睡眠時随伴症状は治まらなかったと考えた。高齢初発てんかんではこのような患者さんが多い。
「成人期てんかんの特色」大沼 悌一
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