11.てんかんに合併する心の問題:もの忘れについて(2004年2月号)

前回はてんかんに見られる妄想体験について述べました。

てんかん患者さんにはまれではありますが、「関係妄想」や「被害妄想」、「追跡妄想」などが現れることがあります。「自分のことを誰かが噂している」、「自分の悪口をしゃべっている」、「誰かが自分を監視している」、「誰かが自分を追いかけている」などと信じ込み、なかなか訂正が難しい場合などです。これらの症状はてんかんとは何の関係もないたとえば統合失調症(従来の精神分裂病)などが偶然に合併したのではないかという疑問が生じますが、しかしその出現頻度を見ると、一般人口の発生率(0.7%)と比べるとてんかんの場合には優位に高く(てんかん全体では約4%)、特に側頭葉てんかんや前頭葉てんかんなどで10年以上発作がおさまっていない難治な例では特にその頻度が高くなるので、統合失調症などとの偶然の一致とは考えにくく、てんかんに関連した脳機能(特に側頭葉や前頭葉)の障害のひとつと考えられます。しかしこれらの症状も薬で改善することが多く、早めの診断・治療が必要です。

今回はてんかん患者にみられる「もの忘れ」について考えてみましょう。

「もの忘れ」は老人やアルツハイマー病などで見られる症状で、昔のことは比較的よく覚えていますが、最近の出来事が覚えらず、そのため日常の家庭・社会生活に支障を来たしている場合が問題となります。てんかん患者さんでも記憶力が悪くなってきたと訴えられる方がかなりおります。記憶力テストなどでも明らかに記憶能力が低下している場合もありますが、テストなどでは目立たないのですが、自覚的に「もの忘れ」がひどいと感じている人が多いようです。

本当にてんかんと物忘れが関係あるのでしょうか。この問題はまだはっきり結論が得られておりません。しかし特に側頭葉てんかんで発作が止まらない人では「物忘れ」を訴える人が多いようです。

脳の一部である側頭葉の内部に海馬という場所があるのですがここは記憶の中枢で、この部が障害されると記憶力障害が起こることがあります。この場所はまたてんかん発作が最も起こりやすい場所にもなっているので、てんかん発作と記憶力との関係が疑われる理由がここにあります。この記憶の中枢は左右の脳の両側にあるので、片方のみが侵されても障害はおきませんが、両側がやられると著しい記銘力の障害がきます。アルコール性脳症、脳外傷、ビールス性脳炎等で両側の側頭葉がやられることがしばしばありますが、この際「クリュウバー・ビュウシー症候群」と呼ばれる著しい記銘力障害を主徴とする症状が出現します。

てんかんの場合両側の側頭葉がやられることはあまりないのですが、したがってこのような著しい記銘力障害はこないのですが、発作の源になっている側頭葉を外科的に切除すれば、むしろ記銘力が良くなってくる例が多いことを見れば、頻回な発作は記憶力に悪影響を及ぼすことが疑われます。てんかん発作を起こす脳が健全な脳を巻き込むということでしょう。

それから薬の影響も無視できません。多剤・多量の抗てんかん薬は記憶力にも悪影響を及ぼすようです。したがってできるだけ薬を整理して、必要最小限にする努力を怠ってはいけません。その点、主治医とよく相談しましょう。

「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一

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