前回は医師と患者の信頼関係について考えました。特に心に悩みを抱える患者さんは、自分の悩みを誰かに相談し、理解してもらいたいと思っている方が多いようです。しかし一般に相手を信頼するまでは容易にその話をしません。下手に話をすると「きちがいだ」と思われたり、入院させられたりするかもしれないと思って、警戒しているからかもしれません。このような症状の1つに幻覚があります。今日はこの話をしましょう。
幻覚には、幻視、幻聴、幻臭、体感覚幻覚などがあります。てんかん患者さんの場合、これら幻覚症状は発作の1症状として出現することもありますが、発作とは関係なく出現することもあります。発作症状の1つであれば短時間に終わってしまいますが、発作と関係なく起こる場合は一般にかなり長い間、例えば数週間、数ヶ月続く場合もあります。その場合は一般にてんかんが発症して10年ないし20年と長い治療を経過しているうちに、突然出現することが多いようです。これらの症状はてんかん患者の約5-10%ぐらいの割合で見られます。
幻視は実際にはそこにいない人・物が見える場合で、例えば人間の顔が多数見えるとか、昔の風景が見えるとか、幽霊のような物が見えるとかいいます。そしてそれらが、動いたり自分に話しかけたりすることもあります。
幻聴は人の声が多いようです。主に自分を非難したり、自分に指図をしたり、あるいは数人集まって自分の噂話をしているように感じます。その声は現実の声とちょっと違って、頭の中でささやくような小声でしゃべるので、現実の声と区別がつく場合もありますが、また現実の声と区別がつかないのですっかり本当の声と思って、声の命令するとおりに動いてしまうことがあります。
発作による幻臭はなんとも表現しがたい、いやな臭いが発作的に出現することが多いのですが、発作と関係のない発作間歇期の幻臭は主に、自分が「悪臭を発している」という思い込みが多いようです。悪臭はほとんどが「おなら」が出ていると思っています。これを「自己臭」といいます。周りの人が「くさい」といっているのが聞こえたとか、周りの人が鼻をつまむので臭がっている証拠だと言い張ります。訂正不可能なほど信じ込んでいるのでそれは間違いだ、思い過ごしだと説得してみても無駄なようです。無理に説得しようとすると、逆効果をまねき不信感を抱かせます。
体感覚幻覚は体を虫が走っている、手足が伸びたり縮んだり、内臓が捩じれたりと奇妙な体の異常感覚を訴えます。
以上の幻覚症状はアルコール依存症や薬物・覚せい剤中毒症などの場合や統合失調症(精神分裂病)の場合などにも見られます。また老人では夜間暗くなると幻視が出現したりします。これらの症状は抗てんかんでは治りません。抗精神病薬といわれる薬物で治療しなければなりません。
最近は新しい良い薬が出来ていますのでこのような幻覚症状が出現しても驚かず、病気から逃げずに早めに精神科医師に相談してほしいものです。
「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一
(この記事は波の会東京都支部のご許可を得て掲載しているものです。無断転載はお断りいたします。)