64.知っていますか、ウエクスラー式記憶検査について(2008年7月号)

てんかん患者と記憶障害は昔からよく議論されてきた。発作がおさまらないと記憶力も落ちてくるのではないかという問題である。実際に最近とみに記憶力が落ちてきたと訴えるてんかん患者さんも多い。また話を聞いてもすぐ忘れてしまい、「そんなこと聞いていない」と後で苦情を言う人もいる。

先日こんな症例に出あった。60台後半の男性である。奥様が言うには最近とみに物忘れがあり、2-3日前のことが思い出せないことが多いという。認知症が疑われ、老人外来を受診したのだが、てんかんが疑われ当クリニックを受診した。診察した結果、確かに最近の出来事が覚えられず、メモに書き残すようにしたが、メモした内容が思い出せない。しかもメモすること自体も忘れることが多いという。数ヶ月前に奥さんと温泉旅行に行ったことがすっぽりと記憶から抜けているので奥さんはびっくりした。診察の上よく聞いてみると1分前後の短い意識消失の発作が頻回にあることが分かった。この間動きが止まり、ぼんやりした表情になり、名前を呼んでも返事しない。しかし本人はこのような発作があることに全く気づいていない。奥さんが「今おかしかったでしょう」と指摘すると、本人は「別になんとも無い」という。しつこく問いただすと本人は嫌がる。しかし忘れやすくなったことについては認めた。

このような場合、(1)物忘れは発作そのものか、(2)器質的脳障害があり、そのため記憶が悪くなったのか、(3)薬が悪さをしているのか、などが考えられる。本患者はテグレトールで治療開始した後発作も改善し、記憶力も良くなった。記憶障害は発作頻発のせいであったと考えられた。

記憶は出来事を覚えこむ「記銘」とそれを「保持」する機能とさらに過去の記憶を思い思い起こす「想起」という三つの機能から成り立っている。新しい出来事を脳内に刷り込むのが「記銘」でそれを脳内のある部分にしまい込むのが「保持」でそれを必要に応じて取り出すのが「想起」である。

記憶の検査に最もよく使用されているのはウエクスラー式の記憶検査である。言語を使った問題と図形を使った問題で構成され、13の下位検査がある。「一般的記憶」と「注意/集中力」の2つの主要な指標がある。さらにおよび「一般的記憶」は「言語性記憶」と「視覚性記憶」の二つがある。記憶の装置があるのは脳の側頭葉内側面にある海馬という部分である。そこは記憶の貯蔵庫であり、必要に応じて脳の別のところに転送して、そこに記憶をしまいこむことも出来る。

海馬は左と右の両側にあり、一方が侵されても他方が健全であれば記憶障害は起こらないが、両側の海馬がその機能を失えば著しい記憶の障害が起こる。新しい出来事がまったく記憶できなくなる。

私は記憶力が悪くなったという人にはこのウエクスラー式検査を良く使う。しかし意外と本人が訴えるほどテスト成績が悪くない場合が多い。

本人が訴えるのはたとえば1年前と比べて記憶力が落ちたと感じているのであり、記憶の減弱を的確にあらわすには記憶力テストを繰り返して計測し、それが確実に悪くなっている事実を捕らえなければならない。正確にやるには結構時間がかかる。

「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一

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