62.知っていますか、NIRS(ニルス)について(2008年5月号)

最近ニルス(NIRS)という検査が脚光を浴びてきている。NIRSは近赤外線スペクトロスコピー(Near-infrared spectroscopy)の略である。

近赤外線は体内を通りやすいという性質があるので、この光を頭皮上から脳内に投射すると、脳実質を通って近くの脳表面に出てくる。この光はあまり遠くまでは届かず、脳の浅い部分を経由して数センチ離れた別の部位に抜け出る。この出てきた光を、近くに置いた別のセンサーで感知するという方法である。この近赤外線は血液中の酸化ヘモクロビンに敏感に吸収され、それを通して光が減衰するので、光がどの程度減衰したかをみれば、通り道にある脳の酸化ヘモクロビンの濃度が測定できる。

脳には血液が豊富に流れており、血液中には無数の赤血球がある。赤血球はヘモクロビンを含んでおり、ヘモクロビンは酸素を運搬する。ヘモクロビンは肺で酸素とゆるく結合して酸化ヘモクロビンとなり、組織に運搬され、そこで酸素を放出する。そして自身は脱酸素ヘモクロビンにかわる。この脱酸化ヘモクロビンは再び肺に行き、酸素と結合し、再び酸素の運び屋となる。したがってヘモクロビンが不足すると酸素が行渡らなくなり、組織は死滅する。

一酸化炭素中毒などの場合はヘモクロビンが重要な役割をする。一酸化炭素はヘモクロビンと硬く結合するので、酸素が結合されず、その結果組織に酸素が行渡らなくなり組織は死亡する。酸素不足に最も敏感なのは脳であり、一酸化中毒は脳に大きなダメージを与える。

NIRSは頭皮上に光を投射する投射装置とそれを感受するセンサーを対にして数箇所に置き、脳の各部分の変化を読み取ることが出来る。しかしNIRSは脳の表面のみの測定が可能であり、脳深部の測定はできない。しかも解析部分が2~3cmの広がりを全体としてみて、それ以上の細かい部分の分析は出来ない。したがって、たとえば前頭葉や側頭葉全体の変化を読み取ることができる。これはある場合には帰って好都合である。たとえば言語機能がどちらの大脳半球にあるかなどを見る場合は好都合である。

てんかんについては、発作時の発作焦点脳部位の決定に大いに役立つ。発作時には焦点部位で酸化ヘモクロビンが急激に増加するので、NIRSは焦点部位の決定には大きな役割を持つであろう。また脳・精神活動の研究には大いに役に立つ。たとえば統合失調症、うつ病などの研究、さらには言語機能、認知、注意などの脳機能の研究にも大いに役立つと思われる。

このNIRSの最大の特徴は完全に非侵襲的で、患者に痛みはまったく無く、しかも低コストで測定できることである。CT、MRI、SPECT、PET,脳磁図などは莫大な予算と巨大な装置が必要であるが、NIRSは極めて安価であり、2002年4月よりより「光トポグラフィ検査」として保険収載された(670点)。今後の発展が期待される。

「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一

(この記事は波の会東京都支部のご許可を得て掲載しているものです。無断転載はお断りいたします。)