脳波検査はてんかんの診断、治療には欠かせない重要な検査である。脳波を正しく使いこなすことができれば、診療の大きな助けになるのは間違いない。しかし、脳波はしばしば、あいまいで、異常か正常かわからないような、紛らわしい所見を呈することがある。それを異常と判断して「てんかん」と断定すると大きな間違いを犯すことがある。
数年前に次のような患者に出会った。20歳代の女性、仕事について2年目、仕事上のストレスなどで不眠が続いていた。そしてある日、仕事中突然意識を失って倒れたのである。初めての発作であった。脳波の結果、軽度の異常が出たので、「てんかん」と診断され抗てんかん薬の服用をすすめられた。
課題1.脳波所見で「てんかん」かどうか判断できるか。
答えは「ノー」である。脳波所見がどうあろうとも、発作症状が重要であり、臨床症状が「てんかん発作」に一致しない場合は「てんかん」とは言えない。脳波所見はそれを補う補助手段だけの話である。てんかん患者でも脳波異常がないことがたびたびあり、また逆にてんかんでない、たとえば正常な人でも脳波の異常がありうるのである。従って脳波所見を重視して、紛らわしい例をてんかんと即断するのは危険である。脳波に異常がある「非てんかん発作」(偽発作)は意外と多い。
課題2.「本物のてんかん発作を、偽発作」と誤診した場合と、「偽発作を、本当のてんかん」と誤診した場合を比べると、どちらがより罪が重いか。
前に述べた症例が、その後、本当のてんかん発作を起こし、その結果「てんかんであった」と判断される場合もある。この場合は、最初から「てんかん」であったのを、結果的には誤って「てんかんではない」と判断したことになる。つまり「本物を偽物と誤った」といえる。
しかし逆の場合もある。「偽の発作」を「本物のてんかん発作」と判断し、結果的には不必要な投薬を受けている例もある。これは「偽物を本物と誤った」といえる。
長年てんかんの臨床をやっていると、上記のような判断に迷う場合は意外と多い。特に最初の発作を診断するときには、避けて通れない課題でもある。特に脳波に異常が見られるときには、話は厄介である。誤って「てんかん」と判断される場合が大変多くなる。仮に脳波に異常があっても臨床発作がてんかんらしくない場合は軽々しく「てんかん」といわないほうがよい。
これは医療上のミスとはいえないが、この両者を比較して、どちらが罪が重いとお考えですか?
私は偽物を本物と間違って、不必要に投薬したほうが罪が重いと考える。なぜなら一旦、てんかんと診断されると、日常の家庭・社会的生活上、本来不必要な制限が加えられるのである。
てんかんかどうか診断が必ずしも容易ではない場合が少なくない。私は臨床発作症状がてんかんと確信が得られなければ、抗てんかん薬の投薬を行わないことにしている。「疑わしきは罰せず」である。
「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一
(この記事は波の会東京都支部のご許可を得て掲載しているものです。無断転載はお断りいたします。)