成人てんかんの患者の病歴を詳しく聞いてみると、小さいときに急に高熱を出してけいれん発作をおこし、数日間意識がなくなったことがあったという人がいる。これは脳炎あるいは脳脊髄膜炎であった可能性が高い。脳や脳を包んでいる脳膜に炎症が起こる病気である。小児の疾患である。急性期の症状が改善されて炎症がいったん治ったとしても、脳にキズが出来たので、その後も長期わたりてんかん発作を起こすことが多い。原因となるのは細菌やウイルスの感染である。細菌性髄膜炎や結核性髄膜炎などは炎症が激しいので、その後知的障害や脳性マヒを残すことも多い。脳脊髄液に著しいい白血球の増加と細菌が証明されるので診断がつく。
ウイルスの感染で一番激烈なのは、ヘルペス脳炎である。ほとんどが発作重積状態になり、それを抑えるのに全身麻酔が必要となる。10年ぐらい前まではほとんど助からない病気でもあったが最近はこれに効く抗生物質が見出されたので、命は助かることが多い。しかし記憶の中枢である側頭葉が通常両側やられるので著しい意記憶障害などを残すことが多い。
これに反して「無菌性髄膜炎」とよばれた髄膜炎がある。発熱、頭痛や頚部硬直などの髄膜刺激症状がでているので髄膜炎が疑われるが、意識障害などはなく、痙攣もあったとしても軽く、かつ脳脊髄液に大きな異常がないので確定診断ができないこともある。これらの原因菌としてアルボウイルス、インフルエンザウイルスなどが知られている。しかしこれらの「無菌性髄膜炎」も数%の人がその後てんかん発作や知的障害などの後遺症を残すことがある。
エイズウイルス(HIV感染者)の10%近くがてんかん発作を起こすという報告がある。体の一部に限局するだけの部分発作が多いが、二次性に全般化して大発作を起こす例や、あるいは発作重積状態に至る例も多いという。最近日本でもこの感染者が急増しているので、成人のてんかん患者に混じって来院することがあろうと思われるが、私はまだ1例も経験してはいない。
最近話題になってきた疾患にラスムッセン症候群がある。小児のてんかんで手や顔に限局する持続性部分てんかんが主症状で数年にわたって進行性に悪化し、ついには一側の手足の麻痺をきたす。病理学的には慢性の血管周囲へのリンパ球浸潤、グリア細胞の増殖など炎症の所見があり、ウイルスが証明されたので、慢性脳炎と考えられている。
寄生虫によるてんかんもある。発展途上国では成人発症てんかんの約半数はエヒノコッカスなどの寄生虫によるとの報告がある。脳の中に小さな袋を作り、その中に寄生虫が住む。
結核が脳内に結核腫を作っててんかん発作が発症することがある。10数年前にネパール人からてんかん発作が発症したので受診したいと手紙をもらい、診察したことがあった。
MRIでは脳の右前頭葉に2センチ大の病巣があり、精査の結果結核腫と判明した。2年ほど抗結核剤で治療した結果、腫瘤は消失した。 寄生虫や結核腫は今の日本人にはほとんどお目にかからないが、タイ、ベトナムや中央アメリカ、南米などの発展途上国では成人てんかんのひとつの大きな原因になっている。
「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一
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