前回はてんかんの原因としての頭部外傷について話した。頭を怪我して脳に傷がついたら、それが原因で、てんかん発作が起こることがある。怪我をしてから2年以内に最初のてんかん発作が起こりやすく、発作の頻度は通常さほど多くはない。その後てんかんの発症率は急激に減少する。
また頭を怪我したので脳波をとったら、異常があるというので抗てんかん薬を服用しているという患者さんは多い。交通事故にあった少年が、脳波の異常があるというので、その後10年以上にわたって薬を飲み続けている例に出会ったことがある。発作は一度も起こしたことがないにもかかわらず「てんかん」ということで、延々と長期間にわたってくすりを飲み続けていた例である。この例は結局、訴訟になって私が意見を聞かれたが、発作がない以上「てんかん」とはいえない。もう10年以上も前の怪我であるから、「発作が起こる確率は非常に少ない」と証言したことがある。もちろん絶対に発作を起こさないとは断言できないが、その確率は一般のてんかん発症率と変らないだろう。外傷後あるいは手術後発作がなくとも、予防的に抗てんかん薬を投与する脳外科医が多いが、むやみに長期間の投与はさけるべきであろう。
今回は脳腫瘍について話をしよう。35歳以上の高年齢で初めて発作を起こした場合、まず疑われるのが脳腫瘍である。最近CT、MRIがかなり簡単に取れるようになったので脳腫瘍を見落とすことは少なくなったが以前はよく見逃されていた。
40年ほど前にさかのぼるが、私が医者になりたてのころ、左足から始まる痙攣発作(ジャクソンタイプの発作)の患者に遭遇した。足指からしびれが始まり、痙攣がそれを追いかけながら、膝、腰、腹から、胸へと上行し、最後は全身痙攣にいたる発作である。精査したが病巣は分からず、脳血管障害であろうと結論した。この例は、教授の命令で地方の学会に発表した。私が学会発表した最初のケースで、私のてんかん研究の出発点でもあったのでよく覚えている。その後私は外国に留学し、再び日本に帰国したとき、10数年ぶりに同じ患者を診察する機会にめぐり合わせた。精査したら頭頂部に発生した髄膜腫であった。腫瘍はかなり大きくなっており、左足の麻痺も加わっていた。手術で脳腫瘍は取り除かれ、麻痺した足もかなり改善したが完全ではなかった。
脳腫瘍には進行が早く悪性のものと進行が遅く良性のものとがある。てんかんが発症するのは、むしろ後者でその発症率は75%にも及ぶ。高齢初発てんかん患者ではまず脳腫瘍の可能性を考えなければならない。
脳の発達異常で脳奇形の一種に皮質形成異常というのがある。脳が形成されるときに、未分化な神経細胞が塊となって、脳内に取り残された状態である。側頭葉てんかんなどで手術した脳切片部を顕微鏡で詳しく調べてみたら、そのうちのあるものは、脳腫瘍に近い性質を持っているものがあると最近わかってきた。脳腫瘍と脳奇形(皮質形成異常)の中間みたいなもので、DNTといい、てんかんの原因として最近話題になっている。
「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一
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