チラチラする光で引き起こされる光過敏てんかん、突然の音や触覚刺激で驚いたときにおこるビックリ(驚愕)てんかんは比較的に多いが、読書てんかん、数学てんかん、意思決定てんかん、音楽てんかんはきわめて稀である。通常は読書や計算、音楽などでは発作は誘発されません。しかし極めてまれではあるが、本を読んでいるうちに起こる読書てんかん、計算に精神を集中させているときに起こる数学てんかん、躊躇しつつも思い切ってある決断した時におこる意思決定てんかんなどが報告されています。いずれも精神活動が引き金になっているてんかんで、興味を持って精神を集中させ、緊張が高まると発作を起こすようである。今回はこの音楽てんかんについてお話しましょう。
音楽が発作を引き起こすなんて事があるのか不思議に思われる方もおられると思いますが、不思議な事が起こるのが「脳」なんです。
1937年クレチュレイが最初に音楽てんかんを報告した。その後フェルスターが9例の自験例を報告しており、その後約50例以上の報告がある。音楽によって引き起こされる発作のすべてが複雑部分発作である。まず最初にあたりをキョロキョロ見回して、衣類をまさぐり、ポケットより物を取出したり、舌を鳴らし、口を動かす。その後の質問に「えっ?」「何?」「わからない」などと単純な答えが返ってくるが、その間の記憶はまったくない。この発作症状は複雑部分発作そのものであり、焦点はおそらく側頭葉にあるものと推定される。
誘発する音楽は、楽器の種類とは関係がなく旋律であり、個々の症例によって特別な音楽が発作を誘発する。そしていずれもその音楽が好きな症例ばかりである。例えば教会の鐘の音に過敏な例、ドビシーやシベリウスに代表される後期ローマン派の西洋音楽に過敏な例、あるいはウエスタン音楽に過敏な例、またはヨハンストラウスのワルツやヘンデルのメサイヤのような古典音楽に過敏な例、ジャズやロックンロールに過敏な例、モダン音楽に過敏な例などが挙げられている。
患者はこのような音楽を聴いているうちに、「耳の奥で音楽が鳴るような感じになり」「最後の一節が耳に残り」発作を起こす。そしてその発作はまた音楽から始まる発作である。
私の経験した例では30代の若い主婦で歌が好きで、家事の最中に童謡を口ずさむ事が多かったが、そのうちどこからか同じメロデイ聞こえてくる。患者は「あっ、また来たな」と思って、別のことに精神を集中させると発作を中断させる事ができるが、しかしそれに気をとられていると意識を失うのである。
この体験から理解するに、音楽が「記憶回路」を刺激して発作を起こすようである。
実際には音楽を聴かなくてもそれを想像することにより発作を起こしうるという報告もあり、確かに記憶と関連があるように思えるが、また逆によく聞きなれた音楽のみならず、初めて聴く音楽によっても発作が誘発される報告もあり、その機序は複雑である。
音楽てんかんも読書てんかん、数学てんかん、意思決定てんかんなども同様におそらく読書や、計算、音楽などを支配する脳の領域が過敏になっており、それに精神集中、緊張、不安、過去の記憶などが関連して発作が誘発されるものと推定される。このような高次な精神活動で誘発されるてんかんを見ると、なんと脳は不思議なものだろうとつくづく感心させられる。
「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一
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