人は何かの問題に直面したとき、それを解決するために知恵を働かせる。いろいろな方策を考え、それらの長所や短所を比較し、過去の経験や記憶に照らし合わせ、最終的に最もよいと思われる方法を選ぶ。解決に向けては努力、気力、意地などが必要となる。途中であきらめてはいけない。またその際多くの不安や期待、緊張、悩みや迷いがつきまとう。解決したときは安堵と達成感が得られ、爽快な気分になる。中には努力や体力がない人もいるだろうし、不安と期待、緊張だけが飛びぬけて強い人もいるだろう。
抱えている問題が大きい場合は解決も容易ではないが、解決したときの喜びもまた大きい。簡単な問題であれば解決も容易であるが、喜びはさほど大きいわけではない。
例えば賭け事や遊びごとを考えてみよう。競馬、競輪、パチンコ、マージャン、カード、チェス、将棋、囲碁、などたくさんあり、それぞれ最善の手を考え、それに賭け、首尾よくいけば儲かり、満足感が得られる。その満足感が人をひきつけるゆえんである。しかしその際にてんかん発作を起こす不幸なる人がいる。新しい状況に直面し、決断するに際して「てんかん発作」を起こすのである。このような発作を「意思決定てんかん」という。
フェルスターは22歳の軍人で主にカードやチェスをやっている時に脳波に3Hzの棘徐波複合が出現し、同時に四肢のミオクロニー発作を伴う症例を報告した。彼によればこの発作は単なる視覚、触覚刺激によっては出現せず、一連の精神活動の中で、迷い、緊張し、新たな決断をする際に誘発されるものであり、彼はこれを「意思決定てんかん」となづけた。この発作はチェスゲーム中によく見られ、それは他人に駒を取られ、脅威を感じたとき、さらに自分が間違った手を打ったときに見られたという。また負けがあるいは勝ちがはじめから明らかなときには発作が起こらなかった。複雑な数学を解いているとき、メニュウの中から食事を選んでいるときなどにも見られたという。その後、チェスてんかん、カードてんかん、マージャンてんかんなども報告されるようになった。
この「意思決定てんかん」は高度な精神作用によって引き起こされるてんかんであり、その点前回に述べた「読書てんかん」や「数学てんかん」と似ている。「読書てんかん」や「数学てんかん」はいずれも「興味をもって精神を集中し」、「そして理解する」という精神活動が発作の引き金になっているが、「意思決定てんかん」は「高度の精神活動」にさらに「不安」や「緊張」「期待」といった情緒的要素が絡んでいるようである。マージャン中に「作戦を練って」、大きな「手を作り」、それがうまくいったとたん、あるいは間違った手を打って失敗したとたんに発作を起こすなどの現象は、不安・緊張などの情動が発作の誘引となっているようである。
この「意思決定てんかん」はまれなてんかんである。マージャンの最中に発作を起こしたという例は時たま経験するが、これらのほとんどは大学生で生活習慣が乱れ、徹夜でマージャンをやっている最中に大発作を起こした例である。そのてんかんは特発性全般てんかん(強直・間代発作)と考えられ、不眠がその誘引と考えられた。したがってそれは「意思決定てんかん」のうちの「マージャンてんかん」ではない。「意思決定てんかん」のような複雑な誘引がある場合は、その誘引について十分な検討が必要となる。
「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一
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