141.発作の裏にある脳の病気:その30 低酸素脳症(2014年12月号)

前回まで「神経皮膚症候群」について述べた。体の皮膚と脳に病気を持つ神経の疾患で、体の表面には、いぼ、色素沈着、斑点などが多数あり、しばしばてんかん発作や知的しょうがいを合併することがある。

今回は脳の酸素欠乏について話をしよう。脳が酸欠になりやすいのは出産時に多い。胎児が母体から離れるとすぐに大きな声で泣く。呼吸が始まった証拠である。この最初の鳴き声が出なかった時には、「仮死分娩」となる。仮死分娩の原因は出生間近の時期(分娩期)に、脳血流と酸素供給が減少して、脳虚血に陥ったとためで、脳性麻痺の原因となる。未熟児に多いが成熟児にも起こりうる。成熟児ではその数は1,000に対し、2~4の頻度で起こるという報告がある。幸いなことにあまり高い数ではないが、そのうちの約25%以上に、低酸素性虚血性脳症による脳・神経の後遺症が認められるという。新生児仮死の程度を示す指標にアプガール指数というのがある。出産直後1分後と5分後に判定される。皮膚の色(ピンク色か蒼白か)、心拍数、刺激への反応、筋緊張、呼吸を点数化し、0-3点重度仮死、4-6点軽度仮死、7点以上は正常とされる。この点数が低いほど「仮死」程度は重い。

低酸素脳症は成人でも起こりうる。高齢化社会を迎え、心筋梗塞,心室細動などで突然心臓が止まる高齢者が増えた。その他、各種ショックや喉が詰まるなど窒息も起こりうる。これらの原因で脳への血液供給が途絶えると、意識は数秒以内に消失し、3‐5分以上の心停止では,仮に心拍が再開しても脳障害(蘇生後脳症)を生じうる。多くは救急車で運び込まれ、直ちに蘇生術を受ける。AED(自動体外式除細動器)で心臓に電気ショックを与えて蘇生させる技術である。従来なら死亡していたのが、この蘇生術のおかげで無事生き返ることができるようになった。しかし蘇生後脳症という重篤な後遺症を残すことがある。

例を示す。40歳台の男。35歳のころ、風邪から急性喉頭炎になり、点滴中に心停止した。5-6分で蘇生したが意識障害は1か月続いた。その後無事に意識が戻り、会話や食事も可能になったが、重篤な脳障害を残した。それは小脳性失調症とてんかん発作である。発作には2種類あり、軽い場合は前につんのめるような一瞬の強直発作で、月に3-4回、強い発作は全身のけいれんで、2-3か月に1回程度おこる。そのほか小脳性失調症があり、車いすないしは伝い歩き、夜は尿瓶を使用、入浴は介助。構音障害のため話は通じにくい。発語に伴って口唇のミオクロニー、手足を動かそうとすると同時に手足に振戦やミオクロニーがおこった。

その後、長期間の治療によってかなり改善され、倒れる発作は数年に1回と減少した。杖を突いて歩けるようにもなった。現在アパートで独り暮らししており、能力開発校にて訓練受けている。

本症例は脳深部にある小脳と脳幹部が選択的に侵されたケースであり、比較的まれなので、ランス・アダムス症候群という病名がつけられている。若くて体力があり、すぐさま蘇生術を受けられたのがよかったと思われる。

「成人期てんかんの特色」大沼 悌一

(この記事は波の会東京都支部のご許可を得て掲載しているものです。無断転載はお断りいたします。)

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