122.発作の裏にある脳の病気:その11 脳外傷とてんかんについて(2013年5月号)

脳に外傷を受け得た場合、後にてんかん発作が起こることがある。開放性外傷(頭蓋骨が破れ、脳が直接外から見える)の場合は特に高く、後にてんかん発作が起こる確率は25-50%に上る。外傷後に発作が出現する最大のピークは外傷後1カ月であるが、20年目に発作が起きた例もある。これに反して閉鎖性外傷(脳が直接外気に触れない)の場合はその頻度さほど高くない。軽度では1.5%、中等度では2.9%、高度では17%であったという(AnnegersJF, 1998).閉鎖性であっても頭蓋骨骨折があり、脳内出血がある場合は重度でその発生率も高くなる。

重度の脳障害があれば、てんかん以外にも様々な神経・精神症状を呈することがすくなくない。視野の欠損(半盲症、半側空間無視)、手足の知覚障害、運動麻痺、小脳症状(ふらつき)などがよく見られる後遺症である。精神症状も起こりうる。「脳器質性精神障害」と呼ばれる症状で、記憶障害、理解力低下、判断力の低下、物事の整理が難しくなり、順序立てて計画を練ることが難しくなる。また性格変化(短気、易努的、執着的)も起こりうる。これらの神経・精神症状は脳障害の範囲と脳が侵された部位に密接に関係がある。

脳障害の程度がかなり小さくても残された後遺症(神経精神症状)は大きい場合がある。また脳障害が大きくても、後遺症は驚くほど少ない場合がある。頭部外傷患者ではこの奇妙なコントラストにしばしば遭遇する。

症例1:現在30才女性。8歳の時信号を渡ろうとしてタクシーに衝突、右脳挫傷、脳の手術をうけ、4日間意識不明が続いた。16歳時でけいれん発作が始まり以来5回の発作が見られた。治療によって発作が完全に抑制された。高校卒業後、保育士の資格を取り、現在は保育園に勤務している。同僚に信頼も厚い。脳のMRIでは右前頭部に大きな欠損があるが、何の後遺症もない。

症例2:現在50歳台の男、20歳の時、友人が運転する自動車がカーブを曲がり切れず、電柱に激突した。右眼失明、右前頭葉に脳挫傷を受け、10日間意識不明となった。MRI、脳波検査では右前頭葉に比較的大きな病変が見出された。

1年後、無事職場復帰ができたが、外傷後8年目で最初のけいれん発作が生じ、年に1度の発作が続いている。発作発来と同時に「幻覚妄想」が見られるようになった。「誰か自分に部屋に入ってきて物を持ち出す」などという。

性格も変わり、邪推しやすく、頑固で、他人の説得にも耳を貸さない。脳外傷による統合失調症様の「器質性精神病」を合併し、てんかん発作がそれをさらに悪化させたと考えた。現在は職を失い、日常家庭・社会生活に常に援助が必要である。

以上の2症例は外傷の程度もてんかんを合併したという点でも、似ているが、その後の経過に雲泥の差がある。症例1で障害を残さなかったのはただラッキーだったとしか言いようがない。

「成人期てんかんの特色」大沼 悌一

(この記事は波の会東京都支部のご許可を得て掲載しているものです。無断転載はお断りいたします。)

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