117.発作の裏にある脳の病気:その6 プリオン病について (2012年12月号)

これまでてんかん症状を引き起こす脳の病気、「進行性ミオクローヌスてんかん」について述べてきた。てんかん発作以外にも手先の震えや歩行障害もみられ、ゆっくりと進行する厄介な病気である。単純なてんかんではなく脳に進行性の病気があるのでさまざまな神経・精神症状を呈する。

これと同じように脳に進行性の病気があり、てんかん発作も合併する病気に「プリオン病」というのがある。今回はこの話をしよう。プリオン病は牛の狂牛病から伝染する病気で、脳が海綿状にカスカスと隙間だらけになる病気である。その症状は急速に悪化する「認知症」である。そして最終的には無言無動の寝たきり状態になる。治療法はない。

これが狂牛病に感染した牛肉を食べることによって人間にも伝染するということが分ったのはここ10年ぐらいの間である。何せ治療法がなく数年で寝たきりになり死亡する伝染病だということで、医療機関にパニックが広がった。体に触れただけで、また採血するだけでも感染するかもしれない噂が広まり、死体を解剖し病気を確認する医師もいなくなった。この危惧は人から人には感染する可能性は少ないと分って一段落した。

ニューギニア高地にすむフォア族にこの種の病気があり、「クールー病」という名前が付いていた。当時この病気は遺伝性の病気で、パーキンソン病と脊髄小脳性変性症を併せ持つ特殊で珍しい風土病と考えられていた。脳の解剖所見が、羊によくみられるスクレイピー病に似ているということが話題に上った。その後フォア族にみられたこの病気は「死者を食べる、人食い習慣」により起こることが分り、世界中が驚いた。人食い習慣を禁じたことにより患者数は激減したという。

牛の狂牛病はスクレイピー病にかかった羊を飼料にした牛に発生したので、人の「プリオン病」と牛の「狂牛病」と羊の「スクレイピー病」は同じ病気であることが分った。人には狂牛病にかかった牛肉(特に脳・神経組織)を食べることによって伝染し、病気が発症するまで10数年かかるという。

私は過去に4・5例、本症を経験している。私の経験した例を述べよう。患者は60歳台の女性である。物忘れがひどくなり、亡くなった夫のことを「どこに行ったの?」などと聞くようになった。2-3か月以内にふらつきが生じて、ほとんど歩けなくなった。認知症も進行し、お漏らしが始まり会話もまともにできなくなった。

そのうち、びっくりてんかんがみられるようになった。
ちょっとした音で体をビクッと瞬間的にけいれんを起こす。突然の音なら何でもよい、ドアを閉める音、茶碗のすれ違う音、時を刻む時計の音、電話の音など。そして半年以内に寝たきりになり無言無動になった。1年で死亡した。
脳波に特徴的な所見(周期性同期性発射)がみられたためプリオン病と診断された。

アメリカやイギリスで狂牛病が多発し罹病した牛は大量に処分され、日本への輸入が禁じられた。
今でも時々新聞紙上をにぎわす。これは注意すれば防げる病気でもある。

「成人期てんかんの特色」大沼 悌一

(この記事は波の会東京都支部のご許可を得て掲載しているものです。無断転載はお断りいたします。)

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