脳の器質的な病気は沢山ある。脳外傷、脳梗塞、脳炎、脳腫瘍、脳の変性疾患など数え切れないほどある。これ等の脳の病気はてんかん発作を起こす場合もあるが、起こさない場合もある。また脳以外にも全身の疾患、例えば、肝・腎等の内科的疾患、アルコール離脱、薬物中毒等もまれに痙攣発作を起こすことがある。発作を合併する疾患を「痙攣性疾患」と呼ぶ。この病気は早く治療すれば治る場合も多いが、治療が遅れれば命取りになることもある。また逆に診断はついたが治療方法がない場合もある。この「痙攣性疾患」の原因となる脳の病気の診断・治療は神経内科医が最も得意なところである。
昔私がアメリカで神経内科のレジデントをやっていた時、神経内科の同僚・先輩達は「てんかん」という言葉を使わず「痙攣性疾患」と呼んでいた。その意図するところは発作の原因となる脳の病気を見つけることが重要で、例えば原因として「脳腫瘍だってありうるんじゃないですか」、「発作の原因を徹底的に調べる必要がある」という意味が込められていた。
その後ミシガンてんかんセンターに配属されると「痙攣性疾患」という言葉は「てんかん」に変わった。「てんかん」に基礎疾患がありうることは分っているが、その数は決して多くない。患者は繰り返して起こる発作に悩み、発作を抑える薬の調合が大切で、時には職人技が求められる。発作に悩む人間を総合的にみて行くことが大切という意味が込められていた。どちらの言葉が適切かは立場によって大分異なる。
「てんかん」という言葉は「痙攣性疾患」と似ているが同じではない。「てんかん」は繰り返される発作が特徴で、原因となる脳疾患に進行性の病変はない。てんかんの類型診断、抗てんかん薬の選び方、その副作用、合併する精神・神経症状等に注意を払うのがてんかん治療医(専門医)である。
例えば脳腫瘍の場合を考えよう。腫瘍が大きくなると頭痛、めまい、ふらつき、吐き気や手足の麻痺、しびれなどいろいろな症状が出てくる。同時に痙攣発作が起こるかもしれない。その際には「てんかん」の原因として脳腫瘍があるといえる。これを手術などで取らなければならない。放置しておくと脳腫瘍はさらに大きくなり命が危ない。脳腫瘍を摘出した後に、脳に傷が残り、その後反復するてんかん発作が繰り返して起こるならば症候性(残遺)てんかんとして、てんかん治療医(専門医)が活躍する場でもある。
発作の背景にある原疾患の診断・治療に関しては、神経内科医が威力を発揮する。てんかんの治療や生活の質の向上を目的とする場合は「てんかん専門医」が威力を発揮する。この様に互いに役割分担があるわけだが、重なり合って境界は判然としない。
ただてんかんを治療する医師は「脳の進行性の病気」を見逃してはいないだろうかという点に十分な注意を払わなくてはいけない。
「成人期てんかんの特色」大沼 悌一
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