前回はてんかん患者に比較的よく見られる幻覚について述べました。その中でてんかん発作の症状として、幻視・幻聴・幻臭・体感覚幻覚などが起こることがありますが、また発作とは無関係に幻覚が起こることがあるとのべました。この幻覚はしばしば妄想と一緒になって出てくることがあり、これを幻覚・妄想状態といいます。急激に発症して一過性で終わる場合や、あるいは数年と長期にわたって長引く場合があります。今回はこの幻覚・妄想状態について話しましょう。
この症状は、統合失調症(精神分裂病)の症状ときわめて似ており、症状面からは両者を区別することは困難です。てんかんの患者さんでこの症状を示す割合はかなり多く、特に側頭葉てんかんや前頭葉てんかんなどの部分てんかんで、発作がなかなか止まらないでいる方では、その出現頻度は10人に1人ぐらいの割合で見られます。このような症状は子供にはあまり見られず、成人のてんかんに多く見られます。この症状の出現頻度は、一般人口と比較して飛びぬけて高く、てんかんと密接に関連した脳の病気の表れと解釈した方がよいようです。
このような妄想があると、患者はどうしてもイライラして、不機嫌になり、時には引きこもったり、乱暴になったりすることがあります。てんかんと心の問題を話すときには、どうしてもこのような事態も起こりうるということを避けては通れません。
妄想の内容ですが、最も多いのは自分となんらかの関係があると感じてしまう「関係妄想」が多いようです。他人の何気ない行動や言葉が自分のことを言っているように感ずるのです。たとえば道を歩く知らない人が、あるいは隣近所の人が、または会社の同僚が「顔を背ける」、「意味ありげな動作をする」、「彼ら同士でこそこそ自分の噂話をしている」などとすべて自分に関係のあるような解釈をして信じてしまう場合です。
あるいは「被害妄想」といわれる妄想で、「自分の悪口を言っている」、「自分を馬鹿にしている」、「夜中に車で来て騒音を撒き散らす」「意地悪する」などと感ずるものです。
あるいはまた「追跡妄想」といって、「ストーカーのように自分を追いかけてくる」人がいると思い込み、警察に駆け込んで救いを求めたりする場合があります。このような妄想状態は多くは一時的な現象で、治療により短期間(1ヶ月ぐらい)で消えていくしてしまう場合が多いのですが、中には長期間続く場合もあります。
このような患者さんが近くにいた場合はどう接したらよいでしょうか。
これら妄想は確固として信じているので、いくら「気のせいだ」、「思い過ごしだ」と説得を試みても訂正は不可能です。 無理に「間違いだ」を説得しようとすると却って逆効果になり、本人を怒らせ、苛立たせる結果にしかならないでしょう。
本人の話をよく聞き、精神科医とよく相談して、お薬をのむように仕向けましょう。最近はよい薬がたくさん出てきてこのような精神症状も比較的よく直るようになりました。
このような精神症状とお付き合いするのは大変なことですが、優しい心で対応していただきたいものです。
「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一
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