150.忘れ得ぬ患者さんたち(2015年9月号)

大学卒業してインターン1年後、弘前大学医学部精神神経科にはいり、主にてんかんの勉強を始めたのが昭和36年だから、もうかれこれ54年になる。その間色々な患者さんに出会った。 診断が間違った患者さん、治療がうまくいかず困った患者さん、長期間付き合った患者さん、騒いだ患者さんなどあげればきりがない。50年前に比べれば、今は診断技術も格段に進歩し、てんかん治療の仕方もだいぶ変わってきた。昔風の治療は今では通じなくなってきている。最近の話であるが、昔ながらの治療が長期間行われていた患者さんに偶然遭遇した。

初診時80歳台の男  高3の時高熱、意識障害(うわごと)があったが完全に回復したという。そのころからてんかん発作が出現した。うーんとうなり意識が失われ、ぼんやりする1分ほどの発作で、その間、動き回ったりすることもあったという。どこか外に行ってしまうこともあったという。昔は日に何度も発作があったが、平成24年ごろには月1-2回、現在は頻度1-2か月に1回程度である。

当院初診時には、行動緩慢で一日中眠い。物忘れがある。腰椎圧迫骨折があるため、腰が45度前方に曲がっており、歩くのに苦労していた。服薬している薬は、プリミドン(250)2T、アレビアチン(100)2T、エクセグラン(100)3T、デパケンR(100) 2Tであった。この4種類の薬物が長期間投与されており、それでも発作は完全に収まってはいなかったという。

この4種類の薬を見たとき、私は50年前の処方の仕方と同じだなという印象を受けた。私が精神科教室に入った当時の処方はアレビアチン、マイソリン、フェノバールの3種類併用治療でスタートすることが多かった。今はできるだけ単剤で治療開始するのが原則で、発作タイプで第1選択が異なる。最初から3剤の併用でスタートすることはあまりない。

脳波では右側頭部に異常な波があり、この所見と合わせ考えると、発作のタイプは側頭葉てんかんで、第1選択薬はテグレトールと考えた。記憶力も衰え、物忘れもするので、心理検査をやったところ、認知症予備軍に近いということが分かった(MMSE 24点)

最近の治療方法に準じてテグレトール単剤への試みが始まった。まずはプリミドンを減量中止し、テグレトールを追加した。さらにデパケン、エクセグランを減量中止、さらにアレビアチンの減量に取り掛かった。この辺から患者はまるで人が変わったように劇的に改善し、日中の眠気もなくなり、老人会にも参加するようになった。発作も減少した。

ついでながら奥様の本当の気持ちをここに代弁する。「発作がなくなってほっとした。元気、活発になった。昔の人好きが戻ってきた。50年間一緒になって心配し面倒見て、耐えてきた。今発作がなくなって、ようやく苦労から解放されたと思ったら、今まで自分は何のために辛抱してきたのかわからなくなった」と嘆いた。

「成人期てんかんの特色」大沼 悌一

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