118.発作の裏にある脳の病気:その7 認知症とてんかんについて(2013年1月号)

記憶をつかさどるのは脳の側頭葉にある「海馬」という場所で、ここは記憶を保存しておく場所でもある。記憶のメカニズムはタンスにたとえることができよう。ここにはタンスがたくさんあり、それぞれに沢山の引き出しがある。そこに記憶を整理してしまいこむ。そして必要に応じてタンスの中の記憶を引き出す。認知症はこの記憶のタンスが壊れ、中にある過去の記憶も失われる。あるいは新たに新しい記憶をしまいこむことが難しくなる。

認知症の主症状は記憶障害や見当識障害である。自分が今どこにいるか、今日が何日であるか、ここがどこかがわからなくなる現象で、迷子になったりすることもある。

この「海馬」という場所は、実はてんかん発作が最も起こりやすい場所でもある。この場所から起こるてんかん発作は、複雑部分発作といい、一瞬意識を失うか記憶が消失するのみで終わる短い発作である。倒れないことが多い。
認知症患者ではてんかん発作を起こす確率は一般人口の5-10倍高く、アルツハイマー病患者の10-22%が経過中に発作を発現することが報告されている。そして発作の多くが、記憶中枢である脳の海馬から起こる。発作が頻回に起こると、ただでさえ脆くなっている海馬をさらにこわしてしまう結果となり記憶障害がさらに悪化する。

ここに私が経験した症例を示そう。この例はNHKテレビ「ためしてガッテン まさか!!もの忘れに効く薬があったなんて」(平成24年1月18(水)放映)で取り上げられ、テレビに出演した患者さんである。現在75歳の男性で、元来は活発で、社交ダンス、料理、バードゴルフ、絵画を描くなど社交的であった。今から4年前、おかしなことが起こったと妻はいう。親、兄弟がまだ生きているかなど同じことを何回も聞いたり、見当識障害(自分の居場所や今日の日時がわからなくなる)も出るようになった。いつも行っている店に行けなくなり、迷子になったこともあった。数年前に家族と海外旅行に行ったことも忘れている。

認知症と考えられたが次のような「発作」も見られたので、てんかんの可能性もあると当院を紹介された。急に意識を失い、動きが止まり、ぼんやりした表情で手をモゾモゾと手を動かす1分ぐらいの発作が週に1-2回あった。その他にも月に1回ぐらい夜間睡眠中にうーんと唸って体を硬直させることが見られた。物忘れも増悪し、ダンス、絵画などもできなくなった。

症状と脳波所見から側頭葉てんかんの複雑部分発作と診断し、テグレトールで治療を開始したところ、発作もなくなり、物忘れも劇的に改善した。以前と同じようにダンス、絵画なども楽しめるようになった。今は老人会の会長をやっている。

本症例は認知症と思われたが実はてんかんであり、適切な治療でほぼ完全に改善した。認知症が疑われたら上記に述べたような発作がないかどうかを確かめる必要がある。

「成人期てんかんの特色」大沼 悌一

(この記事は波の会東京都支部のご許可を得て掲載しているものです。無断転載はお断りいたします。)