38.心的トラウマ(PTSD)(2006年5月号)

非常に強い心理的な衝撃があると、その影響がその後も長期間にわたって続く場合がある。恐怖感や不快感、怒り、焦り、抑うつ、無力感、罪責感などがパニックのように繰り返して襲ってくるのである。これを外傷後ストレス症候群(PTSD)とよぶ。通常は死ぬほど恐ろしい目にあった心的ショック体験が原因となる。 交通事故、地震などの自然災害、戦争体験、性暴力、人質などがそれである。その結果情緒不安定になり、不安、抑うつが強く、不眠、動悸、ふるえ、呼吸困難、しびれなどを訴えることが多い。

ショックがあるとその直後は感情がマヒして喜びも悲しみもわかない、何も考えられない状態におちいるらしい。見た目には静かで落ち着いているように見えるが、よく話してみると、話はまとまらないし、注意、判断力も低下しているのが分かる。私はかつて阪神淡路大震災直後に現場に派遣されて、神戸の小学校の体育館に避難している大勢の人々と2週間ほど生活をともにして、相談を受けたことがある。相談といっても待っていては誰も来ないのでみんなも中に入って、挨拶して回るのである。物静かで騒ぐ人はあまりいなかった。相談を受けた例の多くは眠れないという訴えで、そのような方には睡眠剤を処方した。精神科で治療中の患者やてんかん患者で薬が切れて困っている例もあった。

急性期がある程度おさまって、少しずつ落ち着きを取り戻したころに心的トラウマの影響が出始める。最近交通事故後の心的トラウマの2例に遭遇した。車の助手席に座っていて側面から衝突され顔面に大怪我をした。その後怪我が回復するにつれ、彼女は車が怖くなり外出がほとんどできなくなったのである。道路を歩いていても目の前を車が通るとパニックになる。特に事故車と似ている白のワゴンは不安を増強させた。このような状況がその後数年間続くのである。不安が起こるのではないかと「不安恐怖症」になり、絶えずあたりを警戒している様子は、他人にはむしろ不安の材料を探しているみたいだと見えるらしい。

30数年前、私はアメリカの救急病院の神経科で研修していたがそのときの話である。戦場から帰還した軍人がその後しばらくしてから、突然、夜間睡眠中に急に大声で騒ぎだし荒れ狂う発作が生じた。そのつど救急車で病院に運び込まれた。そのようなことがしばしば起こるので、入院させて検査をしようということにうなり、私が担当になった。「発作症状が複雑で持続時間も長いので」、これはてんかんではなく、「ヒステリー」と判断した。 今で言う「偽発作」である。当時「偽発作」という概念やまた「PTSD」なる概念もなかったが、しかし戦場からの帰還兵がこのような発作を起こすことはあるよくあるということが認識され始めていた。

最近外傷後ストレス症候群(PTSD)ということばが話題になってきており、訴訟に持ち込まれるケースも増えた。そしていったんPTSDと診断がつけば重篤な障害が残ったかのように思われる場合が出てきた。しかしこれは昔外傷神経症などと呼ばれていたもので、特に新しい疾患ではないので診断には注意を要する。

「成人期てんかんの特色」/大沼 悌一

(この記事は波の会東京都支部のご許可を得て掲載しているものです。無断転載はお断りいたします。)

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