日本てんかん協会の情報誌「波」2019年4月号の特集に加藤昌明が書いた「てんかんってなーに? ~診断と治療~」の記事を、同協会のご厚意により、当ブログへの掲載許可をいただきましたので、是非お読みください。元の記事が長いので、三つに分けて掲載いたします。
(転載はご遠慮ください)
一つ目は、てんかんという病気の基本的な理解のための記事です。
てんかんとはどういう病気で、どのように診断し、治療はどうするのか?
これについて、基本的なところを詳しくお話をしてみたいと思います。
1 てんかんってどんな病気?
てんかんってどんな病気なのでしょうか。ひとことで言うと、「てんかん発作を繰り返し持つ、慢性の脳の病気」です。そこでまず、「てんかん発作」について説明しましょう。
A てんかん発作って何?
人間の脳は、たくさんの神経細胞が網の目のようにつながって、複雑なネットワークを作っています。それらの神経細胞には、すごく弱い電流が流れて、お互いに信号を送りあっています。私たちが見たり聞いたり、手を動かしたり走ったり、しゃべったり、食べたり、何か考え事をするのは、みな、脳の神経細胞のネットワークを弱い電流が、整然と流れたり止まったりすることで、行われているのです。
ところが、脳の神経細胞が何らかの理由で調子を崩すと、周囲とおかまいなく自分勝手に興奮して、過剰な電流を流してしまいます。(これを過剰興奮といいます。)神経細胞はすごく沢山ありますから、一つや二つの細胞が勝手に電流を流しても、どうということはありません。けれど、ある小さなネットワークを作っている細胞のグループが一斉に、同じ過剰な電流をそろって流してしまうと、それがある程度まとまった電流になり、他のより大きなネットワークの中に次々に広がっていき、さまざまなトラブルを起こしてしまいます。
たとえば手を動かす神経ネットワークに過剰興奮が広がると、手が固まって動かせなくなったり、あるいは強く動いて手がけいれんしてしまいます。文字を理解する神経ネットワークに過剰興奮が広がると、文字が見えていてもその意味がわからなくなってしまいます。こういったさまざまなトラブルが、てんかん発作なのです。さらに過剰興奮が広い範囲のネットワークに広がると、意識を失ってぼんやりしたり、倒れてしまったりします。
てんかん発作は良く「脳の電気的な嵐」と例えられます。これは、嵐の空に稲妻が走るように、強い電流が突然自分勝手に流れてしまうことから言われているわけです。でも人間の脳はよくできていて、こうした電気的な嵐が起こっても、それを自分自身で抑える働きが備わっています。そのため嵐は長くても3~4分位でおさまって、もとの穏やかな状態にもどります。ですので、てんかん発作は基本的に長くてもせいぜい3~4分で終わります(例外もあります。)
さて、脳の神経細胞が不調になって勝手な電流を流してしまうのには、いろいろな原因があります。たとえば、頭の大けが、脳に細菌やウィルスが感染して起きる脳炎、あるいは脳出血など、さまざまな原因で脳細胞が傷を負ってしまったときです。それから、目に見える明らかな傷がなくても、遺伝子の変異などにより、細胞の働き方が変わってしまったときです。原因がなんであれ、その結果として、脳の神経細胞が過剰興奮するために何らかの症状が起こるのが、「てんかん発作」なのです。
B 「てんかん発作」と「てんかん」の違いって何?
ところで、脳が急に強いダメージを受けると、その直後には「てんかん発作」が起こることがよくあります。例えば、脳卒中で突然倒れて、救急病院の集中治療室に入って意識不明で1週間ほど経ったとき(「急性期」と呼びます)、けいれん発作が起こることがあります。これは確かに脳の神経細胞の過剰興奮によって起こる症状で、「てんかん発作」です。しかし、このような脳の強いダメージによる急性期のてんかん発作が一時的にあっても、それを「てんかん」とは呼びません。これは「急性症候性発作」と呼び、てんかんとは区別します。ややこしいですね。「てんかん発作」は症状の呼び名で、対して「てんかん」は病気の呼び名です。「てんかん」は、「てんかん発作を繰り返し起こすような、脳の慢性の病気」です。ある程度の長い期間にわたって、てんかん発作を繰り返し起こす病気のことを指すわけです。
今の脳卒中の例でいいますと、救急病院の集中治療室の治療が成功して、意識が回復して、だんだんと元気になり、食べられるようになり、片方の手足のまひが残ったので、リハビリ病院に転院して、リハビリに取り組み、3ヵ月たってリハビリ病院も退院して、家で過ごして職場復帰も近づいてきたある日、突然にけいれん発作が起こり、その後ときどきけいれんが起こるようになった、という場合があります。このとき脳は、脳卒中の急性期に受けた強いダメージからは完全に回復しているのですが、そのときに傷ついた神経細胞が、自分勝手な弱い電流を流すようになり、そのような神経細胞が時間の経過とともに少しずつ増えていき、ある日てんかん発作が起こってしまった、ということになります。これは、脳が急性でなく、慢性にてんかん発作を起こしてしまう状態になったということであり、このような「慢性の脳の病気」をてんかんと呼ぶわけです。
「てんかん発作」と「てんかん」の違い、お分かりいただけたでしょうか。なお、てんかんとは、ひとつの病気ではありません。上に書いたように、いろいろな原因がある、いろいろな病気の集まりです。原因が何であろうとも、てんかん発作を起こしてしまうような慢性の状態になったら、それをてんかんと呼びます。すなわち、てんかんは一つの病気ではなく、いろいろな病気の集まったものの呼び名です。
C てんかん発作を繰り返さなくてもてんかん?
長い人生の間、たまたまてんかん発作が起こったが、そのあと治療しなくても、それ1回だけであとは発作が起こらない、ということは珍しくありません。一方で、2回3回と発作を繰り返すようになる場合もあります。そこで従来は、1回だけのてんかん発作の段階ではまだてんかんと呼ばず、てんかん発作を2回以上繰り返し起こすものをてんかんと呼ぼう、と決められていました。
しかし近年は、医学の進歩により、まだ1回の発作であっても、脳波やMRIなどの検査結果、およびその患者さんの病歴や症状の様子から、この先てんかん発作を繰り返してしまう可能性が高いかどうかが、ある程度予測できるようになりました。また特に子どもの場合は、てんかんを早く治療開始することで、その子の心や体の発達に良い影響を与えられることもわかってきました。
そこで21世紀になってから、てんかんの決め方が少し変更されました。国際抗てんかん連盟は2005年に、「少なくとも1回の発作」と決めなおしました。さらに2014年には、「たとえ1回の発作であっても、今後発作が再び起こる可能性が高い場合はてんかんとして良い」、と決めました。そして具体的に、「今後10年の間に再び発作が起こる可能性が60%以上と考えられる場合はてんかんとして良い」と決めました。
てんかん発作を繰り返していなくても、脳の状態として、発作を繰り返す可能性が高い場合にはてんかんと診断する、ということです。ただし、てんかんと診断することはその患者さんの社会的な状況(たとえば運転免許など)にも影響してきますので、そのあたりは慎重に考えて、判断します。
この記事は、「波」2019年4月号に掲載されたものです。
日本てんかん協会のご厚意により掲載させていただいています。
転載はご遠慮ください。(加藤昌明)